任意の駅 A、B、C、D

眠れぬ日常、その最たるものともおもわれる長い夜が明け、自分を奮い立たせてこの休日はどこかへ行く、なんなら帰ってこなくってもいい、とふらふら電車に乗って任意の駅Aで降りる。近頃わたしのグーグルマップが馬鹿で、位置情報はオンになっているのに現在地がトンチンカンなところでうずくまり、ただでさえ地図の読めないわたしを苦悩させ続けている。と言ってもきっとこんなことはわかる人にとってはすぐに改善できてしまう問題で、2台あるエレベーターのどちらが早くやって来るかもわからずいつも延々待ち続けて、ついに最近では見ず知らずの優しい人が「こっちですよ」と声を掛けてくれるほどになったわたしこそが、そういった分野において他の追随を許さぬ馬鹿なのだが、道道矢印の看板があったおかげで回り道せず美術館にたどり着くことができた。石造りの堅牢にそびえる壁を見上げ、1月に行った静岡の登呂遺跡の、竪穴住居や高床式倉庫を抜けた先の芹沢銈介美術館もまた白井晟一だった、とおもい起こす。前夜ひどく落ち込むことがあってボンヤリとして頭痛もして、しかしこんなときこそ家に居てはいけない、そうだ、あの展示はいつまでだったかと調べたら翌日最終日だったので、夜が明けてなおボンヤリしつつもともかくやって来た、詩人・吉増剛造の展示(※1)。惹きつけられた生原稿の直筆、言葉をその手で書く、毎日書き付けるということ、線や色、貼り付けられる写真やなにかのコピー、日付のスタンプ、それら原稿用紙に立ち現れる世界は「美」というような茫漠とした言葉では言い尽くせないエネルギーがあって、なんというか「全身」だったが、これは展示レビューではないから見たもの感じたものは自分の中でひとまず時間をかけて抱き温めるとして、赤瀬川原平、加納光於、若林奮、中西夏之、中平卓馬、森山大道……錚々たる同時代の芸術家の作品を見ている間じゅう、背後からある声が聴こえ続けていて、その響きには何か際立った雰囲気があって、ああ、これは詩人その人だな、といやおうなしにわかった。展示室の真ん中で、署名を書いていらっしゃるようだった。荒木経惟の「センチメンタルな旅」の陽子夫人を眺めていると、ピンポンパンポン、まもなくギャラリートークが始まります、と放送が入り、ただただボンヤリやって来たわたしはなるほどそうだったのかと知って、詩人を囲む円の一番外側に立った。詩人の横に立つ女性がやにわに法螺貝を吹いたのが開始の合図、ここ1年ほど貝に魅せられ続けているわたしは、あ、貝、なんて大きな貝、と静かに心踊った。詩人はマイクなしで話され、大事なことを言うときは声を落としそうっと一歩まえへ、それにつれて人々の円がぎゅっと中心へ収縮するのを外縁から見た。〈他人を思いやる気持ちは、精神の均衡が生み出す静寂の中でだけ聞こえる「低い小さな声」である。〉(※2)というエリック・ホッファーの言葉がふとおもい出された。瞬間、ありとあらゆる日常のシーン、気づけなかった声、後悔の感情にくらくらと襲われた。そうこうしている間にまた法螺貝が吹かれて終了のしるし、詩人は来場者ひとりひとりに栞のプレゼントを、外縁にいるわたしのところにも来られ、真っ直ぐに、朗らかに目を見据えてその手で渡してくださった。見るべきものを真っ直ぐに見ることのできない自分の日常をまたおもった。

美術館を出ようとしたら、外は豪雨のようだった。出口に立つ女性2人は傘を手にしている。これはもう少し様子を見てから出よう、となんとなく2階に戻り建物の中心にある吹き抜けに面したソファに腰をおろす。まいったなあ、折り畳み傘は持っているけど、豪雨のなか歩くのはいやだなあ、とガラス越しの吹き抜けの空と階下の池を交互に見る。やむ見込みはあるだろうかと、東京アメッシュを開いてみる。あれ、東京全域雨雲がない、一切ない。そんな馬鹿な、グーグルマップ同様うまく作動していない? 時間を遡って見てみてもまっさら、雨はない。ハッとして振り返りもう一度吹き抜けの空を見る。降ってない! 池を見下ろしても雨粒は模様を作っていない! すべて錯覚だった! 池の噴水の音を激しい雨音と勘違いしたのか、相変わらず馬鹿はわたしのほうだった。にしてもあの女性2人はなぜ傘なんて。日傘だったのか? もう日も落ちているけれど。ああ、芹沢銈介美術館にも池があり噴水があり、水音が響いていたっけ。

出ると気温が下がり気持ちのいい宵の入り口で、任意の駅Bまで歩くことにした。相変わらずグーグルマップは現在地を正しく教えてはくれないが、なんとか地図を読んで、知っている道まで出ることができた。知っている道まで来ると、宵の気持ち良さが消え失せた。人だらけだからだ。若者、雑音、騒音、なんて気分に合わない街へ出て来てしまったんだろうとおもったが、山手線に乗りたかったので仕方ない。高校時代通い詰めたマツモトキヨシを通り越して、この街は昔からこんなだったろうか、と考える。変わったような気もするが、多分似たり寄ったりだ。変わったのは自分のほうだ。ごったがえすB駅に反して山手線に乗ってしまえば車内はガラガラだった。六時過ぎ、平日だったら帰宅客ですし詰めの時間だが、祝日の夜というのはいい。こんな山手線だったら何周してもいいな、何周かしてしまおうかな、という衝動を振り切り任意の駅Cで降り、さらにそのあと中央線に乗って任意の駅Dで降り、という展開があったのだが、悲しい馬鹿ぶりが際立っていよいよ書くにも読むにもたえないとおもわれるのでこのへんでやめる。ただ、中秋の名月が美しかった。C駅の駅舎とともに写真を撮った、みんな足を止めて撮っていた。

※1 〈涯テノ詩聲 詩人 吉増剛造展〉渋谷区立松濤美術館 9/24(月・祝)に終了
※2 『魂の錬金術 エリック・ホッファー全アフォリズム集』 中本義彦訳 作品社 より