後藤明生を読んでいる〈後篇〉

後藤明生は現在の北朝鮮で生まれ、13歳で敗戦をむかえ、38度線を越えて翌年福岡へ引き上げたことは前回書いた。その引き揚げのさなか、花山里という見知らぬ土地のオンドル間で父を亡くし、一週間後に祖母も亡くした。兄らとともに〈自分の手で父を北朝鮮の赤土の山に土葬したことを、日本へ帰ってきてからしばらくの間わたしは極めて悲愴な体験として考えていた〉と『無名中尉の息子』(’67年 )には書かれている(後藤明生の小説の主人公の多くは氏によく似た男、だ)。が、その続きは〈それは、やがて十年ほど経ったころから、こんどはポオふうの幻想につながってゆき、あたかも『早過ぎた埋葬』の主人公のように、仮死状態のまま埋められた父が、ちょうど死ぬ数日前に、あの豚小屋の隣の牛小屋の隅に掘られた便所へ立っていってたおれたときと同じ声で、赤土の斜面の底から、「幹雄、幹雄」と兄の名を呼んだのではないかという恐怖を抱くようになった〉と展開する。この箇所のまえにもポオのべつの作品の例えが一度でてくるが、そんなタタミカケ、〈あの豚小屋の隣の牛小屋の隅に〉のところのちょっとした過剰さ、〈あの〉が指し示すようにやはりこの箇所のまえで便所の位置は説明済みなのだが、それら加速された饒舌さに、悲愴から一転、妙な可笑しさすらもある。さらにこのような父の死が〈野たれ死であるか憤死であるか〉というのを20年以上経って、〈トルコ風呂の蒸し風呂の中で、それもしたたか酔っぱらった頭で考えた〉とあとに続くわけだから、敗戦の年の朝鮮の引揚げの途上に行き着いた見知らぬ土地と、現在(つまり作中の当時)の東京界隈とおもわれるトルコ風呂の蒸し風呂、時空の断絶と生活の変貌をウキボリにしながらおもいをめぐらせる無名中尉たる父の死、なのである。前回〈フシギと悲愴さは影をひそめている〉と書いたように、「悲愴な体験」もただの悲愴になどまったく書いてはいないのであって、これは著者と作中の「わたし」とのしかるべき距離があってこそであって、いわゆる私小説のククリに収まらないというのは、ひとつにはこういうところだ、といえるとおもう。

しかし、今回後藤明生コレクション3で初めて読んだ『夢』(’79年)という小説に、いつもより強い感傷があった。ナナという飼い猫の死をめぐるはなしで、わたしも猫を飼っているからという私情を差し引いてもやはり、いつにない感傷があった、とおもう。足が萎えて歩けなくなったナナを、チンチラを連れてやってきた義妹の紹介する病院へ入院させることにした顛末を、〈歩きまわっているチンチラを横倒しになったまま眺めているナナが、もう一度、追分の山小屋の庭のアカシヤの木に登ってゆく幻を見たのかも知れなかった〉と書いたあたり、〈「ナナはね、今朝、死んだんだよ」とわたしは、爪先に力を入れながらいった。とたんに長女の悲鳴が上った〉という中学一年の長女にその死を告げるあたり、その夜にとり行われたナナの通夜の様子などにも一貫して、〈いわゆる愛猫家とはいえない〉「わたし」が〈生まれてはじめて飼った猫〉であるナナへ深めていった愛情と、その死にさいして家族、とくに子どもたちを労るための、おだやかな神経の緊張状態をかんじ続けた。翌日「わたし」は妻と追分の山小屋へ行き、庭の、ナナが元気だったころ登っていたアカシアの木の根元に穴を掘ってナナを埋葬する。お気に入りだった丸い座ぶとんに亡骸をのせ、子どもたちから預かった埋葬品とともに丁寧に埋めるのだが、それはこの作品には出てこないものの上記『無名中尉の息子』をはじめとする沢山の作品で言及される父の死、花山里の山の凍った斜面に父を埋めたときと、なんともいえぬ対比がある。対比はあるが、亡骸を埋めて弔うという行為じたいに変わりはなく、対比と同時に重なりと繋がりがある。

さて、この『夢』収録の後藤明生コレクション3を読み終えて、4を読みはじめるまえに『めぐり逢い』(’75年)を読んだ。ここには猫を嫌いな「わたし」が、猫を飼うのを禁止されている団地においていかにして猫を飼いはじめることになったか、またそのことによって引き起こる団地でのさまざまな事件や人間もようが書かれているのだが、この猫こそがナナなのだ(ナナは『行き帰り』(’77年)にも登場するし、ほかにも登場する作品がきっとあるかもしれない)。ナナは幸せにも「わたし」の家の飼い猫になったが、ベランダで猫罐だけもらっている雄猫のゴン、ゴンにそっくりの贋ゴン、その他登場する団地の猫たちはなかなか過酷な境遇であって、猫好きなわたしはやはり胸を痛めつつ、自称「団地の不寝番」、つまり夜通し仕事机にへばりついている「わたし」が夜食の即席ラーメンにスダチを入れて食べている箇所で腹を空かせ、たまたま旅行から帰った母の土産に徳島のスダチがあったので、じぶんもスダチラーメンを作って飼い猫の傍ら皮の苦みを噛みしめながら、いまや近くて遠い国にある花山里と、団地と、山小屋とにおもいを馳せる、ドップリの日々なのだった。