白河夜船、の、逆

「やる、やらない、やる、やらない……」
仕事中、作業の優先順位をおもいあぐねていた。
「やる、やらない、やらない、やる……」
うるさいわたしの独り言に同僚が横でプッと笑った。
「なんかあれみたいだね、好き、嫌い、好き、嫌い……っていうやつ」
「ああ、花びらむしるあれね。懐かしい、子どもの頃やったね。でもさあ、あれってどうして好きか嫌いかの二択なのかね?」
「は?」
「『き、嫌いなの!?ええっ!?』ってなるでしょう」
「まあまあまあ」
「嫌いってことないでしょ、あんまりだよ。好き、ちょっと好き、マンザラでも無い、とか微妙なところもあるでしょう」
「そんなの子どもにはわかんないよー」
「そうかなあ? 惜しい、とか、友達から、とかあるよ。嫌いってことはそうないよ」
「そんなこと言ってたら花びら足りないじゃん」

昼間のそんなやりとりをおもい出し、やはり好きか嫌いか、白か黒か、では情緒がないじゃないかとおもったのだが、もしかしたらあれは好きと嫌いの花びらが隣り合って交互に並んでいるということで、好きと嫌いは紙一重、すなわち愛憎というものを教えているのかもしれないぞ!とか、ロクでもないことを閃いて闇のなかで目を輝かせてしまうのは、布団に入るとむしろ気が立って目が冴えてくるからだ。

不眠気味なのは別にめずらしいことではない、割合慣れている。それでも度合いが酷かったり、長い期間続くのはそれなりつらい。つらいからといって連夜薬に頼るのも気がひける。朝早くから起きて動いていても、どんなに睡眠時間が短くても、新聞配達のオートバイの音を聴き、始発電車が通り過ぎ、もはや明け方ではない、まぎれもなく朝だ、という時間まで一睡もできないこともある。

こうした不眠症状とはまったく関係のないところで、キッカケとか記憶の連鎖とかの諸段階を踏んで、先日吉本ばななの『白河夜船』を再読した。『キッチン』、『うたかた/サンクチュアリ』、『哀しい予感』、『TUGUMI』とともに、小学校の高学年か、中学に入ってからだったか、読んだ。だから本棚にあるだろうとおもったのだが、肝心の『白河夜船』だけがない。図書館で借りたのだったか。すぐに読みたかったので買いに行って、その晩中に読んだ。平易な文章だから、子どものわたしにも読めたのだったろう。けれど実際にはわからなかったろう。わからなかったろう、とはおもうのだけど、わからなくとも、それでも、わたしに何か痕跡を残しただろう、子どもだからわからない、そういう大雑把さで済まされるものではないだろう、そう考えた二十数年ぶりの再読だった。『白河夜船』は、意識不明で眠り続ける妻をもつ恋人、岩永との関係を続け、一晩中客と添い寝するアルバイトをしていた親友のしおりを睡眠薬自殺で失った主人公の寺子が、しだいに眠りに取り憑かれてゆく、という筋だ。三人の女の眠りが、雲の重く低く垂れこめるように、物語に通底している。もう目覚める見込みのない岩永の妻の眠りや、岩永からの電話のベルだけには覚醒をもたらされていたのに、ついにそれすら聴こえなくなって、起きていることが困難になっていった寺子の眠りは、無の恐怖だ。世界から切り離され、前後左右も、自分自身も分からぬ恐怖。いっぽうで、客がいつ目を覚ましてもいいように一晩中隣で起きていたしおり、仕事を終えていざ眠ろうとしてもうまく眠ることのできなくなったしおりの覚醒は、無の逆、だ。感覚が鋭く尖り、闇を吸い取り、雑音を拾い集め、世界中の好きと嫌いとそのあいだにある無数の感情すべてを感知するかのように、頭、心、体、有り余る意識がパンパンに充満する。排泄をしない体のように、循環は鈍り、すべてが出口を持たない。花びら占いは愛憎の云々……の戯言くらいでですうっと眠りに落ちてゆけたらいいのだが……と、ここまで書いてわたしはボヤんと眠たくなってきた。白河夜船、という言葉に誘われたのか、めずらしいことだ。時刻は深夜一時半。一時台に眠れたら御の字だ、なんとも健康てきだ、しかしわたしは立ち上がり階下へ行って顔を洗って冷たい麦茶を一杯飲んできた。何故? 何を裏腹なことをしているのか! せっかくの眠りのチャンスを棒に振るなんて! しかしこの文章は、夜のあいだに書き終えたいとおもったのだ、日が昇ってしまっては続きが書けない気がしたのだ。これはもしやつらいと言いながらじつは楽しんでいるのではないか。尖った感覚で思念を編んで、夜にしかたち現れない何ものかを捕まえたいのではないか。昼間の活動はすべてこの静かな夜の思考のためにあるのではないか。昼間の出来事は本当はすべて夢なんじゃないか……ここまで書いてわたしは夢に落ちて、さて第二夜(結局書き終わっていないじゃないか)、夕食を共にした友人、じつは不眠なんだよね、と打ち明けると、自分もです、と間髪入れずに応答した。

「だからぼうっとしちゃってね、ガラスで指を切ったり、家の中で捻挫したりしてるよ」
「あ、自分も置き時計を割って、それで手を切りました」
「うわ、同じじゃん。落ち込むよね」
「いつでもどこでもすぐに眠れる友達がいるんですけど、その人に眠るコツを教えてもらってやってみたんですけど、だめでしたね」
「そんなのあるの?」
「自分がだんだんベッドに沈んでゆくイメージを持つと眠れるっていうんですよ。やってみたら、地底の世界とかの想像が広がって止まらなくなって逆に眠れませんでした」
「だろうね、土葬された気持ちになりそう」

さらに話してゆくうち、共に子どもの頃夢遊病だったことが判明した。なにかこう、夜に支配される人種の傾向というのがあるのか、こんなことではお互い早死するね、と言って空芯菜をつつきながら笑った。