麦とゴーヤー、というお守り

来る日も来る日も、麦と、庭でもいだゴーヤーを食べている。

押麦を茹でた(炊いた)のと、タマネギ、キュウリ、オクラ、コーンの缶、ミックスビーンズの缶、とか適当な野菜や豆を合わせて、なにかしらの油分と、なにかしらの酸味と、なにかしらの塩分を含ませたサラダを大量にこしらえ、保冷ジャーに詰めて弁当とし、下手すれば朝昼晩3食食べる。そのなにかしらの組み合わせを都度組みかえて、気が向けばターメリックだ、クミンだのと適当にスパイスをふりかけたりして、毎日食べたいとじぶんにおもわせる、飽きない工夫などして悦に入る。

ゴーヤーはタマネギとともにスライサーでごく薄くスライスし、塩でもみ、水にさらし、これでもかと水分を絞り、ごま油となにかしらの塩分をまとわせ、時にらっきょうの甘酢漬けのきざんだの、アーモンドの砕いたのと和え、時に納豆や賽の目に切ったチーズと和えたりして、どんぶりいっぱい飲むようにでかい口して食べる。

シュークリームも食べるし、しるこサンドも食べるし、mowとか爽とかも食べるので、ザンゲのきもちというか、相殺した気になりたいがためというか。でもじつのところ麦を、ゴーヤーを、食べるんだぞという一直線の無闇さがほしい。大嫌いでどうしようもない夏、暑さに参ってどうしようもない人間になってしまう夏という季節の拠り所にしたい。

日は短く、夜風は冷たくなってきたので、そうなればこっちのもの。9月はきっといい。