渋谷に置いてゆく

渋谷はめまぐるしく景色を変えて、もうわたしの知ってる渋谷じゃないなんておもう。東横線が潜ってからはほんとうにそうで、矢印にいざなわれなければ地下ダンジョンから抜け出せないだろうし、東急百貨店の東館や東急プラザがいつの間にかスッポリ消えていたことに気づき「ああそうか」と足早に通り過ぎながらも、少なからず感傷が胸に穴を掘るのがかんじられる。高校時代、行きはビル風から避難するように東邦生命ビルのなかを通って登校し(しかし、東邦生命ビルこそがビル風最大の難所を作っている張本人だったとおもう)、帰りは映画館やプラネタリウムの入った渋味のある東急文化会館のエスカレーターを上がるルートでよく下校した。その東邦生命ビルはいろいろあって渋谷クロスタワーと名前を変え、東急文化会館の跡地にはキラキラのヒカリエが建っている。「少年隊のチケット、あるよ」なんてすれ違いざまダフ屋に囁かれたおもいでの青山こどもの城ももう閉まってしまった。街がうつろいゆくのは当たりまえで、それが渋谷だったらなおさらのはなしで、べつにしょうがない。ただ、ダフ屋のはなしも然りだけれど、ああ、ここのファーストキッチンの二階で食べていたらコツンコツンと窓に小石の当たる音がして、通りを見下ろすと露出狂がいて必死の形相で「見ろ、見ろ」といって去ったのだった、とかいう瑣末なことまで蘇ってくるので、学生時代のすべての経験の新鮮さの残存が呼び覚まされるのがほかでもない、渋谷という土地によるものなのでなにかと驚くのだ。

先日、仕事納めで早あがりの友と渋谷で待ち合わせた。ちょっとした理由で、たまたま渋谷になった。わたしが付き合わせた格好だった。彼女と渋谷で会うのははじめてで、めずらしいシチュエーションだし「渋谷を楽しもう!」と張り切った。その割すぐに喧噪を避けて、かつて露出狂の出た路地を抜けて純喫茶に入り、年の瀬の混み合う店内の楕円のテーブルで、隣席のタバコのけむりにモクモクまかれながら、それぞれの「今年中に終わってほんとうによかったこと」についてはなしあって、互いに労った。わたしは喋ることがとても苦手で、言葉足らずでなにも伝えることができずガッカリ疲弊することが日頃多々あるけれど、だから書くほうが断然いい、と心底おもったりするわけだけれど、そんなわたしが何の後悔もなく、違和感もなく、ハツラツと話すことができるのは、相手がきちんと聞いてくれるからなのだ、「余計な角度」をつけずに真っすぐ汲み取ってくれるからなのだ、と彼女と話していてつくづくおもって感謝した。わたしは「余計な角度」というのにやたらと敏感ですぐに感知してしまい、種々の不穏さをもたらしてしばらく残る。数日か、数ヶ月か、数年残る恐怖がある。が、彼女との会話にいっさいそれはない、いつだってない。それどころかじぶんのなかのまだ言葉にならない言葉が引っぱりだされるような、光が見出されるようなかんじなのだ。じぶんは彼女のはなしをそんなふうに聞けているだろうかとおもうと、情けないのだが。

終わらせたかったことをついに終わらせて、2017年の渋谷に置いてゆく。せめてそのことが一緒にできたのならうれしい。ほんとうに終わっただろうかともし不安になったとしたら、また渋谷に行って楕円のテーブルの席に着いて確認したらいい。学生時代に負けないくらいの鮮烈さでもってきっと、会話の歓びが土地と結ばれている、とおもう。