寝たいだけ寝ていたあいだにベランダで発見されたソレ

昨日は久方ぶりの休日で、やるべきことはあるにはあるのだけど、なにが最優先かといったら寝ることだ!と迷いがなかったので、目覚ましをかけず、昼になろうが夜になろうが構わないという強い決意で眠った。結果、13時頃起きた。

起きて早々、「よほど起こそうかとおもったけど……」という母に、寝過ぎを咎められているのかとおもったが、どうも様子が違うなと寝起きのアタマでボンヤリ待っていると、「たいへんなことが起きたのよ……ベランダにうんこがあったのよ」とまさしく目の覚めるような言葉が続いて出た。

母によると、朝洗濯物を干そうと2階のベランダに出ようとして発見し、おもわず後退ったという。

そう聞いてアッとおもいだすことがあった。前日の夜、イベント開催中のモクジから帰ってきたのが確か23時すぎ、母はすでに寝ていた。帰るなりリビングに転がってうつらうつらしていたとき、やけに外がうるさいとおもった。半分寝ているわたしにとっては、強風が吹いたときの音のようでもあり、通りで通行人が暴れている音のようでもあり、2階で寝ている母がドタドタとトイレに起きた音のようでもあったが、それが我が家の2階のベランダを乱暴にミシミシ踏みならす音だということにようやく気付いてハッと起き上がり耳を澄ましたときにはシンと静かになっていた。ひどく疲れていたので、怪訝におもいつつ、顔を洗って歯を磨いて寝てしまった。しかしおもい返せば空から悪魔が降りてきたかんじ、とか、妖怪なんとか小僧、みたいなものを彷彿する異様さ、ブキミさがあった。

という話をして「それだ!」と母娘声を揃えた。母は寝入っていたらしく寝ている部屋のまえのベランダでの音にもかかわらず、ぜんぜん知らなかったという。

問題は、音の主すなわちソレの主は誰か、ということだ。人間のソレではないし、飼い猫のソレでもなかったという(詳しい説明はここではさし控える)。手袋をはめてなんとか片付け袋に入れて、お隣のおじさんにも見てもらったが、同意見だったそうだ。市役所に電話したら、数日まえ市内でサルが出たとの情報があるが、ソレを見てみないとなんとも言えない、と言いつつ見てみる気などサラサラなさそうな様子だったので、運良く燃えるゴミの日だったからそのまま出してしまったという。

じゃあサルだ、サルだ、サルが来たんだよ、と早合点するわたしに母はいまいち納得していないようだった。
「サルがそんなに音をたてるかね?」
「サルならそれなりに体重ありそうじゃん。タヌキとかハクビシンは軽いからそんなに音しなそうじゃん」
「うーん」
確かに、東京の田舎とはいえ、駅からほど近く一定の人通りもある我が家周辺にサルが徘徊している光景はさすがに想像しがたい。市内で目撃されたというはなしも、駅からだいぶ離れた昔ながらの景色の広がる一帯でのことだ。一方で、タヌキだかハクビシンだか、とにかく犬でも猫でもないものが夜中近所の通りを横切るのは数年まえに一度だけ見たことがあって、こちらなら想像しやすい。これらは都会にも住み着いているらしいし、じっさい去年、名古屋の丸の内、五条橋のたもとで深夜に目撃した、なんてこともあった。

「じゃあおじちゃんに聞いてみればいいよ」
母は叔父、叔母に電話をかけた。要するに母の実家に住む弟、義妹である。母の実家は八王子の鑓水という周囲を山に囲まれた谷にある、ここだけポッカリ「昔」の残されたような集落で(『善き門外漢』vol.2に詳しい)、叔父、叔母は野生動物のことはある程度身をもって知っているはずなのだ。「うんうん」「ああ、そう」「ヤッダア」と相槌を打ちながら母が得た情報は、まず「タヌキは2階へはあがらない」ということ。ここでタヌキが消えた。さらに「サルは身軽だからそんな音は立てない」ということ。はい、サルも消えた。導き出された答えはつまりハクビシンだ。「ハクビシンが屋根裏に入ったらたいへんなことになるよ」と叔母からアドバイスを受けた母は早速天井裏を点検しに2階へ上がっていった。その間わたしは、インターネットでハクビシンの情報を調べた。天井裏に入られると糞尿の害で天井が抜けたりする、とある。おそろしいことだ。点検を終えた母によると、天井裏は大丈夫そうだ、ということだったのでとりあえず安堵はした。

だが、何しろ姿を見ていないので、ほんとうに敵はハクビシンなのか、というしんじがたい気もちも残っていて、インターネットの助言に従い、侵入経路を突き止め、足跡などの痕跡を調べることにした。これが意外とアッサリみつかった。母が「雨どいから上ったんだよ。上のつなぎ目が外れてるのよ」というので見に行くと、じっさいそうで、大雨でも降ったらあそこから滝が落ちてくるなあ、やれやれ、と見上げた視線を下げてゆくとたくさんの足跡を発見した。5本指で、掌ぶぶん(とでもいったらよいか)が雪ダルマ状にくびれた形の、インターネットが教えてくれるところのまぎれもないハクビシンの足跡だった。これでやっとほんとうに実感がわいたものだった。

それにしても、なぜ我が家だったのか、なぜわざわざ2階のベランダの真ん中にソレを落としていったのか。彼らは昼間どこに潜んでいるのか。じぶんのこんなにも近くで起こっていることをじぶんは何も把握せずに日々を過ごしていることが、ときに恐ろしくなる。どこかの家の軒下とか、植え込みの奥に隠された穴蔵とか、知る由もない物陰からじっとこちらを窺っている視線がある。

「お父さん、聞いてよ、ハクビシンだって!」と母が仏壇の父に愚痴をこぼした。
ふと、近くにあったのに目に見えなかった父の病気の進行のことをおもい出したりした。