予習とイメージトレーニング

万歳、やっと8月が終わる。暑さを厭う身体はジッとさせて、アタマや心の筋肉だけをドクドクとさせてきた8月。

ドクドク、というのは予習とイメージトレーニングのこと。よし、予習とイメージトレーニングをしよう、と勢いづけてやることではなくて、結果てきにそうなっていく。何を植えるか決めてないけど、とりあえず畑に肥料を鋤きこむために、雑草を抜いたり、大きな石を取り除いたりの、土地をならしているくらいの段階。予感、予兆、みたいなもの。でも去年の夏のそれが、『善き門外漢』vol.2の柱になっていたりするので、大嫌いな夏の間に蓄えたこともとても大事なことなのだと、涼しい部屋に転がるじぶんに言い聞かせ、元気をだす。

気になるひとが、2人いて。ひとりは500年近くまえに生まれた日本人、もうひとりはわたしが生まれて少しして生涯を閉じたアメリカ人。時代も国籍も職業もちがう。いまのところ共通項の見当たらない二人に、同時に心を奪われてしまった。もしかしたら、こちらのトンネルとあちらのトンネルがどこかでつながるかも、なんて淡くおもいながら、まあつながってもつながらなくてもいいのだけど、可能性をさぐりさぐり、掘り進めていくゆるやかな予習の日々。

9月になったとたん旅にでることに決めていた。予報を見るとヒドく暑くなるようだ。けれどカレンダーが1枚めくられるだけで、じゅうぶんハズミがつけられそうなわたしの単純さ。ほんとうは、常に一定で活動てきであれたらいい、ひっきりなしにいられたらいい。周囲のアクティヴ・ヤングたちに憧れるけど、こちらはそうヤングでもないし、わたしの夏はわたしの夏なので一筋縄ではいかないものがある。だから寝そべりながら、8月とじこもったぶん静から動へ、外へ飛び出すイメージトレーニングをコツコツと続けてきた。今回ははじめてづくしの旅になりそうだ。行く先々で、現在進行形の出来事と、過去の痕跡とを目撃したい。会いたかった人たちに会えるのも、もうまもなく。いよいよ肥料を鋤きこむというわけです。